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東京高等裁判所 昭和39年(ラ)465号 決定

抗告人 竹村忠

相手方 株式会社 ホテル宝泉

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は、末尾に添付した別紙記載のとおりである。

一、記録によると、原裁判所が抗告人の申請により、相手方を債務者として(一)本件係争土地に対する債務者の占有を解き、債権者の委任する甲府地方裁判所所属執行吏にその保管を命ずる。(二)右執行吏は債権者の申出があるときは、右土地を債権者に通行ならびに車輛駐車のため使用させることができる。(三)債務者は、右土地に立入りしてはならない。との仮処分決定(同裁判所昭和三九年(ヨ)第九〇号)を発したのに対し、相手方は異議を申立て、同時に該決定の執行処分の取消を求めたので、原裁判所は民事訴訟法第七四八条、第七五六条にもとずき、同法第五一二条、第五〇〇条を準用してみぎ執行処分の取消を命じたのが原決定であることが明らかである。

抗告人は原決定を以て民事訴訟法第七五九条に基ずく仮処分命令の取消であるというが(第一抗告理由書)その当らないことは明らかである。

二、権利保全に必要な緊急措置たる仮処分の性質上、仮処分決定に対し異議の申立または仮処分を命ずる判決に対し上訴の提起があつた場合、原則として民事訴訟法第五一二条を準用して執行の停止または取消をすることは許されない。しかし具体的になされた仮処分の内容が権利保全の範囲にとどまらずその終局的満足を得せしめ、もしくはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞れある場合においては、例外として同条の準用による執行停止、執行取消が許されるものといわねばならない(最高裁判所昭和二五年(ク)第四三号同年九月二五日大法廷決定、判例集四巻九号、同二三年(マ)第三号同年三月三日第一小法廷決定、判例集二巻三号)。

本件仮処分は、債権者たる抗告人の係争土地所有権に基きその権利を保全するためになされたものであつて、仮の地位を定める仮処分として内容それ自体は仮処分の目的範囲を逸脱した違法のものということはできない(最高裁判所昭和二六年(オ)第一六〇号昭和二八年九月八日第三小法廷判決、判例集七巻九号)。しかしながら、本件仮処分の目的である土地は、債務者たる相手方が千数百万円の費用を投じて新築し近日開業予定の旅館の玄関前に在る土地であつて、右仮処分の執行により相手方はその土地への立入りを禁止される結果、旅館業務の円滑な運営が阻害され回復することのできない損害を生ぜしめる虞れがあることは、相手方の疏明によりこれをうかがいうる。従つて本件は前示の例外に該当し、民事訴訟法第五一二条の準用による執行取消が許される場合であるというべく、右と反対の見解に立つ抗告人の主張は採用できない。

三、そうすれば、原決定に対しては同法第五一二条第二項、第五〇〇条第三項の準用によりも早不服申立は許されないのであつて、本件抗告は不適法として却下を免れない。

従つて抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 岸上康夫 中西彦二郎 室伏壮一郎)

第一抗告理由書

抗告の理由

一、抗告人より被抗告人に対する甲府地方裁判所昭和三九年(ヨ)第九〇号事件において、抗告人が仮処分命令を申請した土地の部分は、抗告人住宅の出入口であつて、抗告人において日常通行及び駐車のために生活上必要缺く可らざる土地である。因つて被抗告人のために右土地を不法に占有せられ右通行及び駐車を妨害せらるるときは、抗告人は生活を営むことが出来ず、これによつて生ずべき損害は到底金銭賠償を以て償うことのできぬものである。

然るに同庁が右抗告人の受くべき損害を金銭を以て償ない得るものと妄断し、民事訴訟法第七五九条に所謂「特別ノ事情」あるものと判断し、前示仮処分命令を同庁昭和三九年(モ)第一七九号決定を以て取消したのは不法である。

二、曩に被抗告人は前示土地につき他の土地と共に甲府簡易裁判所に対し賃借権存在確認訴訟を提起し(同庁昭和三九年(ハ)第一四四号事件)これが保全処分として同庁へ占有妨害禁止、物件撤去の仮処分命令を申請し(同庁昭和三九年(ハ)第三一号事件)その命令を得て仮処分を執行した。

この仮処分に対比して、抗告人より被抗告人に対する甲府地方裁判所昭和三九年(ヨ)第九〇号仮処分命令はその一部において牴触するが如き観があるが、左の理由によつて両者は牴触するものではない。

(イ) 被抗告人より抗告人に対する前示仮処分(以下前命令と称する)は三九〇坪八六の土地に及んでいるが、抗告人より被抗告人に対する前示仮処分は(以下後命令と称する)僅かにその一部分たる四八坪〇九の地域に過ぎない。

(ロ) 前命令の趣旨(主文)は後命令の趣旨(主文)と対比して、牴触するものでないことは明らかである。

蓋し前命令は前示土地につき妨害禁止及び物件撤去を主眼とするものであるが、後命令は前示土地を執行吏の占有に移し、抗告人の申出あるときは、通行及び駐車に限り、執行吏はその使用を許すべきことを主眼としているからである。

(ハ) 前命令は本訴を甲府簡易裁判所へ提起しこれが保全処分として同庁から発せられたものであるが、後命令は建物収去、土地明渡請求の本訴を甲府地方裁判所へ提起し(同庁昭和三九年(ワ)第一七五号事件)これが保全処分として同庁より発せられたものであつて両者はその管轄裁判所を異にする独立の仮処分命令であるのみならず、後命令を発した裁判所は前命令を発した裁判所に対して上級審に属するので、両者は相牴触するものとは謂い得ない。

(ニ) 前命令を被抗告人において申請した基礎は前示土地に対する賃借権にあるが、後命令において抗告人が之を申請した基礎は前示土地に対する所有権に基づくものであつて、両者は各その基礎を異にするものである。

三、仮に前命令と後命令とが、その趣旨において牴触し、無効であるとするも、これを以て民事訴訟法第七五九条に所謂「特別の事情」と云い得ないことは明らかである。

若し後命令が前示の理由によつて無効なりとすれば、被抗告人より抗告人に対する仮処分異議の訴訟手続において、口頭弁論による審理を経た上、判決を以てその無効を確認し以て後命令を取消すべきであつて、この手続を経由せず、単に前示七五九条の規定に基いて取消したのは、不法だと云うべきである。

蓋し前命令と後命令とは第二項(イ)乃至(ニ)において述べた如く、全たくその基礎を異にする独立の仮処分命令であるからである。

第二抗告理由書

抗告の理由

一、甲府地方裁判所昭和三九年(モ)第一七九号事件の決定が、民事訴訟法第五〇〇条及第五一二条を準用して、同庁昭和三九年(ヨ)第九〇号仮処分命令による執行処分を取消したものとすれば、以下掲ぐる理由によつて明らかに不法である。

(イ) 仮処分命令に対して異議申立があつた場合に、前掲民事訴訟法の規定の準用によつて、その執行処分を停止することができるや否やは学説判例の異論あるととろである。

これに就いて以来の判例は、原則的に準用なきものとし、唯仮処分執行が保全処分の域を脱し又は債務者に対し金銭的賠償を以て回復すべからざる損害を及ぼすべき場合に限定せられている傾向である。

(ロ) 本件の場合、前示昭和三九年(ヨ)第九〇号の仮処分命令は既に執行済であつて、これを停止するに由なく、更に進んで原決定による執行処分を取消したものであつて、前示の如く執行停止でさえも異論あるところなるに拘はらず、更に進んでこれを取消すことの可否は、更に厳格に解釈すべきものと謂わねばならない。

(ハ) 今本件の場合にこれを観るに前示第九〇号事件の仮処分命令は、係争土地について債務者の占有を解き、執行吏の保管に附すこと、執行吏は債権者の申出あるときは通行及び駐車に限りその使用を許すことができる及び債務者は右地内に立入り又は建造物を建ててはならない趣旨のものであつて、決して保全処分の域を逸脱した所謂断行的なものでないことは明らかである。殊に右土地を通行及び駐車の目的に限つて債権者の使用を許したのは、先に第一抗告理由書を以て陳述した如く、債権者の日常生活上缺くことのできない必要性があるからであつて、債権者の人権こそ、原決定によつて保護さるべきものである。

(ニ) これに反して債務者(即ち被告人)は、温泉旅館経営の目的を以て係争地上に建物を建設したものであるが、右建物は未だ未登録未登記であり、且つ債務者は温泉源を有せないために温泉旅館経営の許可もなく、従つて右土地を使用することについて更に必要性がないものであつて、原決定の執行によつて回復すべからざる損害を蒙むるべき理由は毫もないものである。

因つて斯の如き場合に前示民事訴訟法第五〇〇条第百一二条の規定を準用して、原決定を取消すことは明らかに不法と謂うべきである。

二、民事訴訟法第五〇〇条第三項は口頭弁論を経づしてなした執行処分の停止決定に対して、不服を申立ることができぬ旨を定めているが、右停止決定(勿論取消決定を含むべきものと解すべきである)に対しては右決定が不適法な場合に限り不服申立が許さるべきものと判例は解する(福岡高裁昭和二九年(ラ)第四号、同年二月一二日決定、高民集七、一、一一〇参照)が故に、上述の如く甲府地方裁判所昭和三九年(モ)第一七九号取消決定が不適法なるものなる以上、本抗告による不服は当然許さるべきである。

以上

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